受験生わいどです。
あれから何日か経ったんですけど、家族や友人、知り合いなどから色々なクロノスの質問や疑問をされます。
なんかされにされているおいらもまいっちゃうので、ここで腹にためておいたオイラの思いをぶちにぶちまけようと思います!!
まず、最初にいっときたいのは、原作を考えないことと、3C文化祭公演では他の2つクロノスシリーズを含まない演出のこと、俺的解釈な面が大きいことです。みんなでダメだしだったから3C演出だけれど、解釈はほぼ俺の暴走でありつつだったので。。あとは成井さんの愚痴にならないように頑張ります(゚∀゚)
●来美子はなんで1人で逃げないの?
そのとーりだ!!なんで1人で逃げないんだ!!!っていったって仕方のないこの問題。難しいですよね。いいじゃん逃げれば。辻堂とか圭もいないわけだし、足柄の姿がないってことは帰ったってことですよね。10時6分あたりに吹原は来美子に声をかけられたとして、誰もいないなら逃げたっていいじゃないですかね。いやー、そこを考えることまで手が及ばなかったナァ(ノ ・、)来美子と吹原の関係を俺としては「片思い」で魅せたかったんだけれど、そうすると矛盾するんかねー?この台詞。来美子がシックブーケを離れられない障害があまりに薄すぎるんですよね。かといって辻堂にクビを言い渡されるのも無理あるし、10時15分以降まで離れられない仕事というのもなんか強烈ではない。意志でシックブーケに留まってるわけですよね。うーん、難しい。まぁ、多分気分としては「日常的な学校の昼休みの時間帯に血まみれになった武田先生がいきなり教室に飛び込んできて『隕石が東葛に落ちてくるからみんな柏から離れて!』って言う感覚」なんですかね?? うーん、ここに恋愛感情が絡むからまた少し違うのかなー??来美子がシックブーケから離れられない強い障害。脚色すりゃーよかったな。
●野方の片思いって??
えー、カットしましたwキャラメル版にはそのシーンが存在します。片思いしていた女性の本名は夏川のはら。スケッチブックボイジャーのあの漫画家、のはらさんだそうです。シャープペンシルな理由が少しわかりますね。
●クロノスは過去しかいけないの??
未来もいけるそうです。
●蛙のブローチには意志がある??
確かに、意志があるから三時間前から六ヶ月も弾き飛ばされたとしたら、蛙のブローチってなんなんでしょうね。ターミネーターな感じですよね。あ、服もか。それってシュートされるたび裸ってことですよね。うわーきついわー。
●頼人と久里浜の関係って?
なんでしょうね。今回は役者にまかせました。客観的に見てちょっと意識しあってる??
●タクシー自分で呼べばいいじゃん。
そうですね。電話あるんだからじぶんで呼べばいいじゃん。実はここ脚色したんですけど、結局わけわかんなくなりそうだったので脚本そのままでいきました。
●足柄って?
足柄ってのはシックブーケに来ていたお客さんです。シックブーケにきていたお客さんと、横須賀の倉庫守衛が同一人物ってことは1つの設定なんですが、まぁー座席が後ろの方で見えなかったお客様にはわけわからんかったようでした。ごめんなさい(´・ω・`)。シックブーケにいた時に足柄なんて一言も呼ばれないのに、横須賀の倉庫についたとき足柄に反応する必要ないですよね。いやー言われればそうです。そのとーりだ。ついでに他のクロノス作品で、鈴谷がクロノスを使って倒れた所を助ける人は足柄なんだそうです。キャラメルボックスの千秋楽ネタですね。
●圭はクロノスを知っている??
演出的に考えを入れない方向で進みましたこの事実。
事故が起きた時点、または吹原がクロノスのシュートで9時52分に飛んだとき、実は、その時の圭ちゃんはクロノスの存在を知っているんですね。未来からクロノスを使ってやってきた布川って人が、クロノスの開発がスタートするよりもっと前に、圭にクロノスのお話をするらしいんです。だから圭はクロノスを知ってるんですね。んでもって事故を免れた来美子にクロノスのお話をします。なんかタイムパラドックスなんですけれど、来美子が死んだって生きていたって圭はクロノスの事実をしっているはずですよね。なんで吹原に対してクロノスの事実に気付かないのか。吹原が直接説明していないこともありますが、未来をしっている吹原に対してなんらかの疑問を抱いてもいいはず。あと風にふかれて消える吹原を二回も見ているわけです。布川って人も消えてます。なぜ、気付かないのでしょうかね。クロノスを1つの作品に魅せたかったからってのがやっぱり強い理由だけれど・・・でも、もしかしたら9時52分の時点でやっと圭はクロノスを信じたのかもしれないですよね。
●等比級数的増大してなくない?
してないかどうかはわかりません。検証しないと。
でも検証してたらアホ時間無駄にするので、暇な人はしてください。多分等比数列の和みたいなもんだから
n=5,k=0の蚤r^k=a{1-r^(n+1)}/1-r (r≠1)
にa=6(m) *mは月数、実験値は月数にそろえる。
を代入してシュート二回目までの実験値を参考にしてやると
r≒3.3なる数値がでるので
数列の計算を頑張ると、
三回目のシュートで弾き飛ばされるのは7.5666666....年と出るので、なんとなく雰囲気的にテンションあがります。
しかーし、n=4のときに56年という数値は出てこない!!どう考えたって25年後になる!!
7+7^2が56年になるものの、他に当てはまらんし全然わからん。
ましてや4031なんて出てこない。
理系の誰か、教えてくれ。
●吹原は4031年後に飛ばされてどうなっちゃうの??
これは3Cの現代文の文集にも書きました。
いやー想像に任せるって言いたい所だけど、あえて夢をぶち壊すとしたら「いなくなる」っていう俺の考えですね。
この考えはキャラメルボックスでは表現されてません。
はじめに、時間軸が複数存在しないものとします。
まず2006年11月27日午前10時10分の時点で吹原は2人存在します。
シックブーケに助けに来たA吹原と
PフレックでテストをしているB吹原です。
A吹原が「クロノス」で描かれる吹原ですね。なんどもクロノスを使って助けに行くその姿に深いドラマを感じますね。
さぁ、そのA吹原が最後のシーンでくみこを助けました。
そして彼は自分の思いを彼女に打ち明けるでしょう。ただ打ち明けて、それに満足して4031年に旅立っていきます。
くみこは残された人になってしまい、吹原は二度と会えない時代へ飛んでしまい、切ない、せつなすぎるよぉ。゜(゜´Д`゜)゜。
となるがちょっとまて
B吹原はいるのです。
別にくみこは残された人にはなりません。
事故が起きた後、PフレックにいるB吹原はシックブーケへ走ります。くみこの目の前でA吹原が消えて、B吹原が現れます。くみちゃんはどんな思いで吹原を見つめるのでしょうか。ここからまた発展があるのでしょうか。と思いますが、この時点でB吹原は「クロノス」を描くことはありません。
自分を過去に飛ばす必要もないし、くみちゃんが無事でよかったという感じでB吹原は今後の人生を送るでしょう。
さぁ、ここで問題が起きます。
まず、好きな人のために過去へ行く吹原をみないので、藤川と津久井は結婚する可能性が低くなります。藤川がずっと思ってるままで終わった可能性が高いです。そして、さちえとライトの出会いもありません。足柄が守衛である可能性も低く、クロノスに関わることも可能性としては低い。
そして、吹原はクロノスを使うことがなくなったので、4031年後に飛ぶこともなくなったというわけです。
だから、A吹原は存在しないものになります。
4031年後に飛ぶこともなくなるのですから、助けた瞬間にA吹原は消滅してしまうのです。
よって、彼女に思いを打ち明けられずに消えてなくなるのです。
本当に全てはなかったことになります。
だからくみちゃんのA吹原への記憶もなくなります。
なのにくみちゃんは生きている。誰に助けられたかもわからずに。
なんかせつないですね。
ここにタイムパラドックスな感覚ですね。
そして、2062年の消滅もあります。
最後海老名と中林は幸福そうな笑みで幕を閉じますが、実は、吹原が過去を変えた瞬間に海老名は生まれてこなくなるのです。中林とも出会うことがないだろうし、海老名は2062年に科幻博物館に存在しないことになります。。
これは本当に大切なことなのです。海老名は自分を犠牲にしてまで吹原をいかせる。これはすごい決断なのです。
簡単なものじゃない。過去を変えるなんて。
だから、本音を言えば、この文化祭公演では吹原の成功を描くと同時に、海老名の死も表現したいところでした。
今回、そこを描けなかった悔しさが僕にはあります。
まぁでもそこは作者の意志尊重です。
だれが見ても、クロノスはハッピーエンドが一番なんです。
説明不十分なところが多いけれど、この件に関して、実はちょっとスッキリしそうな説は
「時間軸複数説」
ですね。要するにスペアとか、分岐点があるってことです。いわゆる、自分が2つにわかれるといったようなビーヒアナウ的なものも含みます。A吹原がやったことは、B吹原や周りの人には絶対に思い起こすことのできない新しい時間軸をつくったってことなんだと思います。そしたらA吹原は4031年後に飛ぶし、全てのキャラクターに二種類の自分ができます。そのときに2062年の事実は2つ存在し、消滅することはありません。
でもこれはオイラの考えにしかすぎないものなんです。
4031年後に行った吹原はどうなってしまうのか、基本的にはみなさんに考えてほしいとこです。
謎があって、矛盾点があるってよくわからないけれども、
ある意味で素敵なことですよね。
愛されている証拠なんだなとおもいます。
なんか意見とかあればいってほしーなとか思うし、まぁそんな考えてる暇もないんですけどね。
あー、武者ぶりたいや。
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だからその話の通りにいくと、来美ちゃんを助けに行く吹原と実験をしていただけの吹原には当然違う未来が用意されていてクロノスを使った瞬間から違う未来を生きた、だから二人共消えることはなく、海老名も吹原がクロノスを使った方の未来で生き続け、消えることはないのだろうね。(でもこれだと来美ちゃんが死んだという事実を、クロノスを使った吹原の人生では変えることは出来ていないことになるわけだけど。うぅ〜ん。)
クロノスがあって、それを使い始めた時点で同じ時間同じ人間に二つの意志が存在したわけだから一応話のつじつまは合ってるかもね。それにこれなら同じものが一度行った過去より前にはもう行けないってのも納得がいくのでは?(同じ時間に同じ意志を持った人間が何人も増殖しないようにって感じ?そう考えると、クロノスジョウンターとはたった一度の時間の修正を、時の神クロノスへの反逆を公認しているような存在だね)
以上のことを考えるといやぁ、やはりクロノスには夢があったってことじゃあないのかね!?
なんにせよ、難しいです。
描写されてる限りでは、「真面目な性格の余り、不確かな予言<店長の店番指示、という判断をした」と考えるのが自然なのかな。例えば、ただの店番じゃなくて「予約客(受け取りに来る)の応対を任されている」とかにすればかなり微量ながら説得力が増すか?
>個人的疑問
時間軸単一説でも、分岐説でも説明できない点をひとつ。
それは「ブローチの復元」。
単一説であれば、海老名たちとブローチがいる未来は書き換えられ、存在はしなくなるはずが……これは復元描写があるので否定。
次に分岐説だと、吹原が彼女を救う時点を分岐点として時間軸には「彼女が助かった√」が新たに生まれる。
またこの場合、分岐点の先の二つの√は互いに干渉しないため、海老名が持つブローチは溶けたまま。
この劇はどちらにも属さない。
ほら、疑問でしょう??
時間移動ものはこれだから扱うのが難しい…
ってか、一番のハッピーエンド(自分が考えつく限り)が「(分岐点において)A吹原が彼女を助ける←助けられた彼女はB彼女。B彼女はA吹原に惹かれ、B吹原と結ばれる(吹原が助けたことに関して話さないのは、とぼけているくらいにしか思わない)。一方、A吹原は時間流に流されてA彼女の死んだままの時間軸の未来に跳ぶ。しかしその手には確実に、彼女を救った実感がのこる。」
だってのがなんか寂しい……↓↓
色々ありますが、最後の問題についてだけ書きます。
梶尾さん(原作者)の『時の風』という短編集を読んでみてください。1話目のラストで、過去の改変で未来が変わったそのときの影響の様子が描かれています。クロノスとの違いはあるものの、私の中ではそれが最後のシーンのあとの形かなと思ってます。
あとは原作読めばなんとなく解釈できるようになるんじゃないかと思う。
クロノス、お疲れ様でした。
らいだーへ
複数説って結構有力そうに見えるけれど、案外そうでもないものだよね。
ブローチが元に戻ったという事実を共有する二つの未来に違いなんてどう生じるのかって感じだし。
やっぱり一方はくみちゃんが死んでいて、一方が生きている。そうでないと時の因果成立が難しいような気がする。どっちも生きているなんてやっぱりありえない。
そして複数説は時の流れの絶対性を否定するように思える。
自己の存在は1つって考えを変えるのに実感が持てないから難しいのかもだけれど、やっぱり、過去は変えられない、変えたとしてもそれはそれがあることによって成り立つ過去にしかなりえない。
普通にクロノスの話で考えれば、時間軸は1つしかなくて、A吹原の2062年の消滅および過程の消去、これが過去を変えるってことなんだと思うかな。
過去をかえるってのは今をかえるってことで、オーストリア皇太子を暗殺するセルビアの青年を暗殺したら、絶対に現在は変わるはず。現在の自分が存在して、第一次世界大戦だけ起こらないなんてありえないよね。バックトゥザフューチャーみたいに、過去にいるときに未来の変化を確認はできるものだと思う。でも過去がなければ、やっぱり今は成り立たない。
calvadosさんへ
くみちゃんが残る理由として、予約客はいい理由ですね!!でも問題は吹原の「蕗さん、1人で逃げて」に対して、くみちゃんの台詞にある「いやよ!そんなことできない!!」「あなたを置いて逃げるわけにはいかない!!」なんですね。
吹原がなぜそこまで必要で、なぜ1人では逃げられないのか。近代合理主義的な考えではいけないのかも。
予言感染って映画があったんだけど、その予言って映画にも過去を変えるっていうお話が出てくるんですね。でもそれはバッドエンドだったんですよ。主人公が事故から娘を助け出そうとする。でも娘を助けることはできず、逆に妻も巻き込んでしまい、最終的には自分も事故に巻き込まれて亡き者になってしまうような。
忠実に蛙のブローチが元に戻ったことに従えば、あれだけが吹原が強く服を引っ張った拍子に外れて事故にあわなかっただけで、勢いよく店から飛び出したくみちゃんと吹原に新たな車が突っ込んだかもしれない。まぁバッドエンドにしたらどうしようもないのですけれど_| ̄|○
復元描写をする直前に消滅するのならば成立するってことなんでしょうね。
まぁでも、クロノスには吹原に対して風がふくように、物質の瞬間的な消滅でもなかったりするので、時間流の逆行って考えればちょっと時間的猶予あってもよさそうじゃないですかね(´∀`)
あの台詞を言った後に消滅。
それにしちゃあ間をとりすぎですねw
35へ
その原作にとらわれる解釈は「クロノス」の解釈ではないと思います。それは梶尾さんの解釈であり、作者の解釈なのだとは思うけれど、純粋に「クロノス」を考えた時に生まれる解釈は、成井さんの作品を通して得られる、やっぱり人それぞれのものなのだと思います。
この解釈に正解など存在しません。それに、その本によって「クロノス」の可能性が限定されてしまう。これは物語ではなく、演劇なのです。だから僕はその本を読みたいとも思いません。
芝居、映画、テレビ、ラジオ、漫画、色々なリメイクは存在するけれど、全部つながっているようで、それはそれぞれで独立しあった作品。作り上げた人のたくさんの思いが詰まってるわけですね。
そういう面で原作を読むってのは色々な意味で悲しいことです。